ブリーフィングに書かれない変数が、案件原価を左右する

某新規事業支援案件の見積もりを出す。前回の類似案件は1000万で着地した。今回もスコープはおおむね同じ。1000万で出すか、少し色をつけて1200万で出すか。社内で議論する。決まる。1100万で提案。

走り出す。1ヶ月後、現場が「これは1000万案件じゃない」と気づく。同じスコープのはずなのに、議事録のフォーマットが3種類要る。承認には部長と本部長と役員の3層レビュー。経営会議向けに月次要約資料も別途。質問のたびに法務確認が入る。

スコープは同じ。原価は3倍。

この記事の要点

  • 過去の類似案件から見積もりを引く運用は、プロジェクト型ビジネスでは構造的に外れる。
  • スコープが同じでも、案件の真の難易度は「顧客側の意思決定構造」で決まる。
  • 顧客側のステークホルダー数・チェック層・書類文化・リーダーの癖——これらはブリーフィングに書かれない。
  • 編成を変えると原価が数十%動く。受注前に編成を分解し、原価を弾き、限界利益を確認する。
  • 価格を決めてから体制を組むのではなく、体制を設計してから価格を決める。

同じ新規事業支援なのに、原価が桁違いに動く

新規事業支援案件A、B、Cを想定する。3つともスコープはほぼ同じ。新規事業の市場調査・コンセプト設計・PoC計画策定。提案書の文面はほぼ流用できる。

だが現場に入ると、3案件の原価はまったく違う。

観点案件A案件B案件C
表面スコープ市場調査+コンセプト設計+PoC計画市場調査+コンセプト設計+PoC計画市場調査+コンセプト設計+PoC計画
顧客側主担当者事業部長1名事業部長+経営企画+管理部門の3名事業部長+経営企画+管理部門+法務+IT+外部委員会の6者
チェック工程担当者レビューのみ担当者+部長+本部長の3段担当者+部長+本部長+経営会議+外部委員会の5段
書類文化議事録のみ議事録+稟議書+社内資料議事録+稟議書+社内資料+経営会議用要約+委員会向け説明資料
質問への回答リードタイム即日〜2日5〜7日2〜3週間
想定工数80人日130人日240人日
必要メンバーシニア1+ミドル1シニア1+ミドル2+ジュニア1シニア2+ミドル2+ジュニア2
想定原価(参考)約600万円約1000万円約2000万円
表面スコープから読める情報全部「同じ案件」に見える

最右列が空欄なのは意図的だ。表面スコープからは、3案件が「同じ」にしか見えない。 だがブリーフィングに書かれない顧客側の構造で、原価は3倍以上動く。

過去の類似案件から1000万で引いた見積もりは、案件Aには高すぎ、案件Cには大幅に足りない。これは見積もり精度の問題ではない。情報の欠落の問題だ。

ブリーフィングに書かれない5つの変数

案件の真の難易度を決めるのに、ブリーフィングや提案依頼書には書かれない変数を整理する。受注前に把握しに行く必要のある情報だ。

  1. ステークホルダー数と関係性:誰の承認が必要か。事業部長一人で決まるのか、経営企画と複数の管理部門と法務が並列で関与するのか。
  2. チェック工程の層数:成果物が承認されるまで何段のレビューを通るか。1段と5段では修正ループの回数が桁違いになる。
  3. 書類文化の重さ:議事録だけでよいか、稟議書・社内資料・経営会議向け要約・委員会向け学術資料まで要るか。書類1種類につき作成工数が積み上がる。
  4. 意思決定者の判断スタイル:データ重視か直感重視か、慎重か即断か。判断スタイルによって用意すべき資料の精度と量が変わる。
  5. 質問への回答リードタイム:顧客側からのフィードバック速度。即日と3週間では、プロジェクト全体の進行速度が変わる。

これらはヒアリングで聞き出さなければ分からない。聞き出さなければ、見積もりは過去案件からの引き写しで終わる。引き写しは希望的観測である。

ヒアリングで踏み込むべきポイントは、案件種別ごとに違う。新規事業領域なら関連部門の広がりと意思決定の遅さ、製造業ならIT部門の連携、金融なら稟議とリスク管理層、広告代理店なら現場担当者と本社の二重承認構造、など。業種ごとの構造を、案件ごとに具体化する必要がある。

業種特有のアサイン課題は広告代理店の案件アサインで利益を出す3つの観点などにも書いた。

体制の違いで限界利益率は何%動くか

ブリーフィングに書かれない変数を織り込んだ次は、編成だ。同じスコープを誰で組むかで、原価と限界利益は大きく変わる。

案件Bを例にする。想定工数130人日。これを3つの編成案で見積もる。

編成案構成原価合計(概算)案件売上限界利益率リスク
案①シニア中心シニア2+ミドル1約1100万円1300万円約15%原価高・利益薄/品質は高い
案②グレードミックスシニア1+ミドル2+ジュニア1約880万円1300万円約32%バランス型/成功確率も高い
案③ジュニア中心シニア1+ジュニア3約700万円1300万円約46%利益は厚いが手戻りリスクあり

同じ案件、同じ売上、同じスコープ。編成だけで限界利益率は15%、32%、46%と動く。受注後に編成を組み直しても、契約単価はもう変わらない。編成の選択は受注前の一発勝負だ。

過去案件から1000万で引いた見積もりに、編成のシミュレーションは含まれていない。「いつもの体制でいつものように」が暗黙の前提になる。これでは編成による利益の幅を、自社で意図的に取りに行けない。

限界利益を案件単位で計算する方法は限界利益とは。プロジェクト型組織で案件採算に使う計算と落とし穴、スキルベースの編成設計はスキルベースアサインとは。案件成功確率で配置する編成設計に書いた。

価格は希望ではない。設計の結果だ

過去の類似案件から引いた価格は、希望的観測である。「これくらいの規模感で出せばたぶん通る」「前回と同じくらいなら顧客も納得する」——どれも願望だ。

設計から積み上げた価格は、根拠を持つ。「この案件は顧客側の構造から見積もると工数130人日、編成は限界利益率32%を取れる案②で組み、原価880万円、固定費回収貢献を加味して売上1300万円」——この提示は値引き競争に巻き込まれにくい。顧客側も「なぜこの価格なのか」が理解できる根拠を見て合意する。

価格を決めてから体制を組む組織と、体制を設計してから価格を決める組織。中長期で残る利益は、後者の方が大きい。 これは精神論ではなく、編成と原価の関係が示す構造的な差だ。

どこから始めるか

過去の案件データベースを整備するところから始めない。動かない。

始まりは、次に提案する1案件だ。その案件について、ブリーフィングに書かれていない5変数(ステークホルダー数・チェック層・書類文化・判断スタイル・回答リードタイム)を仮置きでヒアリングする。完璧でなくていい。その情報を踏まえて、編成候補を3案作り、各案の原価と限界利益を比較する。最も限界利益が高く、現実的な編成で価格を決める。

これを案件単位で積み重ねるうちに、見積もりは過去から引くものではなく、案件ごとに設計するものに変わる。値引きを言われた時の打ち返し方も、根拠を持つ。

製品としての実装は、採算設計クラウド『CATCAREERアサインメント』である。ブリーフィングに書かれない変数を編成と原価に織り込み、受注前に限界利益を確定させる。

FAQ

過去の類似案件から見積もりを引くのは、なぜ危険なのですか?

プロジェクト型ビジネスにおいて、スコープが同じでも案件の真の難易度は顧客側の構造で決まるからです。ステークホルダー数、チェック工程の層、書類文化、リーダー個人の癖、稟議の回数——ブリーフィングに書かれない変数が原価を大きく動かします。同じスコープの新規事業支援でも、これらの違いで原価が数倍違うことがあります。

ブリーフィングに書かれない変数とは具体的に何ですか?

顧客側の意思決定構造です。具体的には①ステークホルダー数(誰の承認が必要か)、②チェック工程の層数(何回レビューが入るか)、③書類文化(議事録・稟議・社内資料の精緻度)、④リーダー個人の判断スタイル、⑤稟議や合議の回数とリードタイム、などです。これらは初回ヒアリングや提案依頼書には書かれないことが多いものです。

なぜ同じスコープでも原価が数倍変わるのですか?

ブリーフィングに書かれない変数が、実工数を直接押し上げるからです。書類文化が重い顧客では1つの成果物に対し議事録・社内資料・経営向け要約と3層の書類が必要になります。ステークホルダーが多ければ説明会の回数が増えます。チェック層が3段あれば修正ループが3周します。これらが積み重なると工数は数倍に膨らみます。

編成を変えると原価がどう動くかを、なぜ受注前に把握すべきなのですか?

同じアウトプットでも、シニア中心とジュニア中心では原価が大きく違い、案件の限界利益率が編成で決まるからです。受注後に編成を組み直しても、契約単価は変えられません。受注前に編成を変えた場合の原価を3〜5案並べ、最も限界利益が高く現実的な編成で握る必要があります。

アサインメントデザイン™とは何ですか?

アサインメントデザインとは、過去の類似案件から価格を引くのではなく、案件スコープに対して編成(誰を何人月)を設計し、その編成の原価から積み上げて価格を決める見積もり手法です。価格は希望ではなく、設計の結果として提示されます。値引き競争に巻き込まれにくく、確実に利益を残せます。